病医院経営の今をお伝えするコラム
リハビリテーションの「成果」は正しく評価されているか? ~回復期における実績指数の構造的課題~

昨今の物価高騰は、医療機関の経営にも大きな影響を及ぼしています。運営経費が増加する一方で、診療報酬の引き上げは限定的であり、病院経営には一層の効率化と戦略が求められています。
その中でも、病気や怪我からの回復を目指す「回復期リハビリテーション」は、患者様が自宅での生活に戻れるかを左右する非常に重要な役割を担っています。
しかし、この回復期リハビリテーションの『成果』を測る現在の仕組みには、医療の質に影響を及ぼしかねない、構造的な課題が潜んでいます。
今回は、その回復期リハビリテーションの成果に係る構造的な課題と未来の展望について、筆者が実際に現場で理学療法士として従事していた経験も踏まえつつコンサルタントと視点も含めて解説します。
◆成果を測る「実績指数」と「FIM」
回復期リハビリテーション病棟には、その成果を評価するための「実績指数」という指標があります 。これは、リハビリテーションによって患者様の状態がどれだけ改善したかを示す数値であり、この数値が高いほど、病院が得られる入院料(診療報酬)も高くなる仕組みです
この実績指数の計算に使われるのが、「FIM(機能的自立度評価法)」という評価方法です 。FIMは、「食事」「着替え」「移動」といった日常生活動作(ADL)を、入院時と退院時にそれぞれ点数化するものです。理論上は、入院時から退院時にかけてFIMの点数が大きく伸びるほど、リハビリの成果(=実績指数)が高かったと評価されます。
◆現場で起きている「評価」の歪み
この仕組み自体は合理的に見えますが、データを見ると奇妙な現象が起きています。2016年に実績指数が導入されて以降、退院時のFIMスコアはほぼ横ばいなのに対し、入院時のFIMスコアだけが一貫して低下し続けているのです。(下グラフ参照※中央社会医療協議会のデータを基に論文筆者が改変)
なぜ、入院時の点数だけが下がり続けるのでしょうか。その背景には、入院時のFIMスコアを意図的、あるいは結果的に「過小評価」しやすい構造的な問題が潜んでいます。
1. 動機(プレッシャーとリスク回避)
「実績指数を上げなければ」というプレッシャーから、入院時の点数を低く評価してしまう動機が働きます。また、入院直後は患者様の状態を把握しきれず、転倒リスクを避けるために安全策をとり、必要以上の介助を行うことで、結果的にFIMが低く評価されることもあります。
2. 機会(監査による指摘がむつかしい)
患者様やご家族はFIMという評価自体に馴染みがなく、たとえ実態より低く評価されても疑問を抱きにくいのが実情です。また、評価が病棟全体の平均値で算出されるため、個別の不適切な評価が外部から監査されにくいという側面もあります。
3. 正当化(病院経営のため)
実績指数の低下は、病院の収益低下に直結します。スタッフが「病院の運営を守るため」という意識を持つことで、過小評価を正当化してしまう可能性も否定できません。
◆指標が歪めるリハビリテーションの「質」
本当に深刻なのは、このFIMの点数を意識しすぎるあまり、リハビリテーション本来の目的が見失われてしまうことです。
本来リハビリテーションは、まず「症状の回復」を目指すべきです。しかし、FIMの点数向上(=ADLの自立)を優先するあまり、根本的な機能回復訓練が早々に打ち切られてしまう「ADL偏重リハビリテーション」が起こり得ます。
例えば、脳卒中で右手が麻痺した患者様に対し、麻痺を改善させる訓練よりも、すぐに左手で食事をする訓練(利き手交換)を優先したとします。FIMの「食事」項目は自立(7点)と満点の評価をされますが、それは患者様の機能が回復したのではなく、むしろ麻痺した右手の使用機会を奪い、回復の可能性を狭めてしまった結果かもしれません。
また、歩行困難な患者様に対し、歩行再獲得の訓練を十分に行わず、早々に車いす操作を習得させて「移動は自立(修正自立6点)」と評価することもできてしまいます。このような手法を活用すれば短期間で高い実績指数は得られますが、それは患者様が本当に望んだ結果でしょうか。
◆経営と医療の質を両立させる改善策
私が理学療法士として現場で従事していた際も疑問を持っていましたが、経営コンサルタントの視点から見ても、この現状は健全とは言えないと考えます。医療倫理に反するようなFIMの運用(入院時FIMを低く評価するなど)によって、病院の収益が上がってしまう、あるいは維持することができてしまう現在の構造は、早急に是正されるべきと考えます。
では、どうすればよいのでしょうか。筆者は以下の2つの改善策を考えます。
1. 改善案①:「できるADL」を評価する
現在のFIMは患者が「しているADL」を評価するため、夜間スタッフが不足している、などの介助者側の都合で点数が下がってしまいます。
これに対し、Barthel Index(BI)という別の指標は患者が「できるADL」を評価します。介助者側の要因を排し、より純粋に患者様の能力を評価できる可能性があります。
2. 改善案②:AIによる客観的な動作解析
評価者の主観を根本的に排除するために期待されるのが、AIによる運動解析技術です。タブレット端末などで患者様の動作を撮影するだけで、AIがその動きを客観的に分析・点数化します。
この技術を使えば、入院時と退院時の身体機能の変化を、誰の意向も介さず客観的に評価できます 。さらに、リハビリ介入の前後で効果を測定すれば、「どの療法士の、どのリハビリが効果的だったか」を可視化でき、リハビリテーション全体の質の向上やリハビリテーションのエビデンスの向上にもつながることが期待されます。
◆まとめ
現在の実績指数システムは、FIM評価という人の主観が介在しやすい指標に依存しているため、意図的な過小評価やADL偏重のリハビリを誘発する構造的な課題を抱えています。
患者様に対し、質の高いリハビリテーションを提供し続けるためには、主観要素の強いFIMだけに頼るのではなく、AI技術のような客観性の高い評価方法を組み合わせ、評価のあり方そのものを根本から再検討していく必要があると、筆者は強く考えます。
筆者:井之上 晃弘
理学療法士
病院システム 経営コンサルティング部
