病医院経営の今をお伝えするコラム
事務長としての心得
【特例を作らない】
事務長職にマニュアルはありません。組織が変われば事務長の役割やあり方、求められるスキル、責任も変わってきます。しかし、共通して持っておきたい心得はあります。院内の風土や文化を作り上げるために、事務長が押さえておくべきポイント、心得として最も私が重要視しているのが「特例を作らない」ということです。その中には「法令順守(コンプライアンス)」も含まれます。
例えば、事務長のさじ加減で規則や内規からずれた特例を作ってしまうと、公正・公平な職場風土が一気に崩れてしまい、ガバナンスが効かなくなってきます。あとでそれを修正しようとしても既得権等の問題が出る場合があり、正常に戻すのは難しくなります。
規則等のルールは、事務長が交代しても同じ答えが出るように整備されたものです。人が変わると判断や答えが変わるのは、ルールではありません。また、現場においては規則やルールが浸透し、それが守られているかを常にチェックすることが必要です。
病院には、さまざまな法令、規則や規程、基準等でルールが決められています。裏を返せば、それらルールがあることによって病院組織は守られています(別図)。そのルールを破ることは組織の崩壊を招くということを、事務長は心得て取り組んでほしいと思います。職員にルールの順守等を説く以上、事務長自身はルールをしっかり把握・理解し、皆の見本となるよう順守しなければなりません(特に遅刻は厳禁です!信用と信頼をなくします)。
特例やルール違反の多い病院は、幹部や管理職に「自制」と「自律」が足りないと思います。「自制」とは「自分の感情や欲望を抑える」という意味です(自己抑制)。「自律」とは「自分で考えて自身をコントロールできること」を意味し、自分の意志をしっかりと持って、自ら定めたルールに従って行動を選択できる状態です。
職員が「自制」と「自律」を維持できるようにするにはどうしたらよいのでしょうか。それは幹部や管理職が率先して、「自制」と「自律」を維持するためのコンプライアンスを順守することです。
●職員駐車場のケース●
幹部や管理職の「自制」と「自律」の足りなさが顕著に現れるのが、職員駐車場の場所です。駐車場ぐらいと思われるかもしれませんが、毎日のことなので顕著に現れます。
以前、当院では、医師はほかの職員より病院に近い駐車場に止めていました。患者用の駐車場も近いところに確保していましたが、外来患者が多い時などは、そこから少し離れた場所に止めてもらったり、しばらく車内で待ってもらうこともありクレームにつながっていました。
職員の駐車場はさらに離れた場所にいくつかあり、最も遠い駐車場を指定された職員の中には、決め方に公平性・公正性がないと不満を訴える者もいました。
この状態では、職員が自主的に「患者満足」を第一に考え、当院の理念である「患者様の立場に立った医療を提供します」を実現するのは難しいと思います。このようなことが「コンプライアンス意識」の土壌にある「患者」と「組織」を一番に考えるという風土や文化が浸透せず、失われていくのです。
少しでも公平性・公正性を保つために、駐車場の利用ルールを見直しました。今まで駐車場代は徴収していませんでしたが、近い場所に駐車する職員からは駐車場代を徴収、遠い場所に駐車する職員は無料にしました。医師も少し離れたところに駐車するようにしたので、今まで医師が駐車していた場所は患者用に利用し、駐車場不足の解消につながっています。
医師以外の職員は原則、女性職員を近い場所(冬場など暗くなるのが早いため防犯が理由)に、遠い場所は男性職員と無料駐車希望者に限定しました。病院内で権限や指揮命令権を持つ幹部や管理職こそが、率先して遠い駐車場に止めることで、部下や職員に伝わることがあると思います。もちろん、私は最も遠い駐車場に止めています。駐車場一つとっても「誰のための」を考えることが重要だと思います。
【足りないもの・苦手なものと共存】
私は人見知りであがり症、アドリブも利かず人前で話すのが大の苦手。これは事務長にとってマイナスのスキルです。事務長になり今年で6年目ですが、人前、特に対集団で話した後は次に生かすために毎回、振り返りを行っています。少人数の会議でも発言する時は緊張しますが、振り返りのような小さな行動の積み重ねが自分を成長させてくれています。それでも、今までに人前で話すことでの失敗や恥をかいたことでのトラウマが蘇る時もあります。
しかし、苦手なものだからこそ、まずは自分自身がそれを受け入れることが必要だと思います。「自分の長所と短所はどちらも大切な個性」と考え、「短所があるから長所が輝く」と実感しています。人前で話すことに関しては、事前にしっかり準備(予習)をして臨むことで落ち着いて対応できるようになり、「話す」、「伝える」ことが目的だったことから「伝わる」ような工夫を考えるようになりました。
今でも朝礼は緊張するのでメモを準備しています。それでも、少しでも興味を引くようなトピックスや時期的な話題を取り入れ、「伝わる」ように努めています。事務長の心得として、「伝わる」ように話すことは大事なスキルです。最近では「分かりやすかった」、「とても伝わってきた」と言われることも増えてきており、とてもうれしく、人前で話すことが少しだけ楽しくなってきたと感じています。
今でも人見知りとあがり症は克服できていません。私の大切な個性だと思って共存しています。自分に足りないもの・苦手なものを克服することも大事ですが、克服できなくても工夫して、「これなら大丈夫」と自覚できるまで事前準備(予習)をし、共存することです。「失敗は恥じることではありません。それよりも、恥じることは失敗を恐れて行動しないこと」です。まずは、恐れずにたくさんの失敗を経験してみましょう。失敗の中から次への改善点になるヒントも見つかるはずです。試してみてください。
【最後まで諦めない】
何か新しいことにチャレンジしようとすると、うまくいかないことがあります。何度やっても失敗したりミスしたりすると、諦めたくなる気持ちもよく分かります。そうなると「自分には能力がない」、「自分はダメ人間だ」とネガティブになって負のスパイラルに陥ってしまいます。そこで諦めてしまうと「失敗した」、「ミスした」で終わってしまいますが、最後まで諦めなければ、いつかは「達成」、「成功」で終わることにつながります。
私の人生のバイブルに、ナポレオン・ヒルの『思考は現実化する』(きこ書房)という本があります。少し乱暴な要約ですが、「良いことも悪いことも、そしてできると思ったことやできないと思ったことすらも、自分自身で思い描いたとおりになる」ということが書いてあります。また、アメリカのフォードモーターの創設者であるヘンリー・フォードは「本人ができると思えばできる。できないと思えばできない。どちらにしてもその人が思ったことは正しい」という名言を残しています。
どうせなら、目標を達成するのに、都合のよい自分自身を創ってしまったほうが早いと思っています。その意味でも、できるかできないかで判断するなら、「できる」と自分自身で決めたほうが、都合のよい方向に進んでいくはずです。ポジティブで都合のよい自分自身を創ることが必要です。
【失敗の中にこそ学ぶものがある】
「成功から多くは学べない。私たちは失敗したときに、いちばんよく自分について学ぶ。だから失敗を恐れるな」(ロバート・キヨサキ)
成功は偶然もたらされることもあり、成功の理由が分かりにくい面があります。また、成功すると、その理由を突き詰めて考えないので、人はあまり成長しません。
一方、失敗すると、失敗の原因を突き詰めて考えるので、人は非常に多くのものを学び成長します。失敗こそ、成長するチャンスなのです(物事にはすべて意味がある。無駄なものは何もない)。失敗は、「こういうふうにすると失敗してしまうことを私は発見した!」素晴らしい経験です。この素晴らしい経験を皆に教えてあげましょう!
【苦手な人も傍らに】
私は事務長として、苦手な人や自分とタイプが違う人を一人は傍らに配属するように心掛けています。苦手な人やタイプが違う人は異なった意見や考え方が多く、判断の選択肢を増やしてくれます。また、いろいろなタイプの患者が訪れる病院では、このような人を一人でも傍らに配置しておくと、自分が対応に苦慮している人に対して上手に接してくれることもあり、カバーしてくれることも期待できます。
自分と気が合う人や同じタイプの人ばかりだと考えが似てくることがあり、間違った対応や考えの時は一緒に転ぶため、組織としてはリスクになってしまいます。
このような考えから、私は院長に「私は院長と違う考えも持つようにします」と伝えています。事務長が院長にとって真のパートナーになるためには、院長の良いところだけでなく、悪いところも把握することが必要で、時には厳しい言葉をかけてでも、院長を守り、組織を成長・成功に導いていかなければなりません。とても大切なリスク管理です。
産労総合研究所発行 病院羅針盤 2021年11月15日号掲載分一部改編