病医院経営の今をお伝えするコラム
災害時に問われる事務力と機動力
【熊本地震に遭って】
人生初の転職を決めたのが2015年11月。当時在職していた病院(以下、K 病院)の院長や事務長に想いを伝え、何度か話し合いを重ねて2016年8月末日をもって退職の承諾をいただきました。引き継ぎや転職の準備を少しずつ進めていく最中、2016年4月14日21時26分に熊本地震の前震(M6.5)、16日1時25分の本震(M7.3)に遭遇しました。
私は家族の安全を考えて、自宅近くの小学校の体育館に避難させた後、職場に出勤しました。K 病院のある熊本市北区は最大震度5強で建物に大きな被害はなかったのですが、水道とガスが止まり(数分程度の停電)、患者さんの療養環境および病院運営に多大な支障が出ました。患者さんへの食事、飲水、トイレなど当たり前の日常がとても不憫で窮屈になりました。もちろん、職員も同様です。
また、学校も休校になり、子どもの面倒をみるために職員が休まざるを得ない事態になりました。職員が複数人休むと現場が回らなくなるので、院内のホールに職員の子ども預かり所を設置し、学校が再開されるまで常時10人程度を預かりました。
【事務力と機動力】
こういう時だからこそ事務力を最大限に発揮し、乗り越えるための機動力が必要になります。事務職員は復旧・復興に向けた対応があるので、子どもと接することだけに時間を費やすことはできません。そこでボランティアを探すことにし、SNSを活用して、「子どもたちへのお遊び、学習ボランティア募集」として呼びかけました。
すると、大学や高校の友人をはじめ、たくさんの方々が拡散してくれたおかげで、地元高校生、大学生、読み聞かせボランティア、地域の方々等総勢20人以上のボランティアに学校が再開するまで協力してもらいました。
また、職員が食べ物や飲み物で苦労しているだろうと、地元の高校生が手作りのおにぎりを持ってきてくれたり、近隣県からは若者たちが大量の水をくんで車で持ってきてくれました。あらためて日本は素晴らしい国だと実感しました。
患者さんへの食事は3日間の備蓄がありましたので、とりあえずそれで対応しました。飲水は自動販売機7台すべてを災害ベンダー機にしていましたので、そこから取り出してペットボトルや缶の飲料で対応しました。東日本大震災の教訓を生かし「災害はいつでもどこでも起きる」を前提に、自動販売機を見直したのが功を奏しました。
トイレに関しては、K 病院は温泉が湧出していましたのでそれをポリタンクに入れ各トイレに準備し、水洗に利用しました。温泉が止まらなかったのが唯一の救いで、職員、職員家族、近隣の方も入浴できるようにしました。わずかではありますが、ホッとするひと時になったと思います。
本震の翌日、医療関連団体から物資の支援が届くと連絡がありました。県内に2カ所、物資の収集、配布の拠点を置くと熊本県医療法人協会事務局より依頼があり、その拠点の一つがK 病院になりました。90以上の会員病院の中から選ばれたのは、地域性や被害が少なかったことに加え、「この病院なら何とかしてくれるだろう」という事務力・組織力の高さを考え依頼したと、後に協会事務局から聞かされました。未曾有の事態の時こそ事務力が問われると実感しました。
【役に立たなかった大規模災害マニュアル】
大規模災害マニュアルは何の役にも立ちませんでした。マニュアルの入っている棚が倒れて取り出すこともできず、熊本地震が発生した4月14日から4月30日までのわずか2週間余りで余震は1,095回、8月20日までの約4カ月で2,000回を超え、常に地面が揺れているような状態で想定外のことが続き、恐怖と不安に怯えるだけでした。仮にマニュアルを取り出せたとしても想像を絶する災害が起きており、マニュアルには予測することすら不可能で何も網羅されていませんでした。想定外のことでも動けるような訓練をして、常に身につけていないと動けないと思いました。
【クライシスマネジメントの重要性の認識】
熊本地震によりクライシスマネジメントの重要性を認識することになりました。あまり聞き慣れない言葉かもしれませんが、クライシスマネジメントと似たものにリスクマネジメントがあります。
リスクマネジメントとは、危機が発生する前にそれを回避する、あるいは被害を最小限に抑えるためさまざまな対策を講じること。クライシスマネジメントとは、危機は必ず発生するという前提に基づき、(人や機器・設備などが)機能不全に陥ることを覚悟のうえで初期対応や二次被害の回避を行うこと、とされています。
つまり、リスクマネジメントは事前策、クライシスマネジメントは事後策という理解ができます。最近は想定を凌駕する自然災害等が発生しており、リスクを上回る対応という意味でクライシスマネジメントが重要視されてきています。
事前策・事後策という理解で医療の場面を考えると、施設や設備の強靱化、代替医療の仕組みの構築、院内や他院・業者などとの取り決めや連絡体制の構築、職員の多機能化などがリスクマネジメント、災害が発生した際の医療従事者の確保、院内外の行動計画の策定、目標復旧時間の設定などがクライシスマネジメントに当たります。
そこで熊本地震の経験から、マニュアルが生かせなかった反省およびクライシスマネジメントの概念に基づき、1枚で確認できる「BCP シート」を作成しました。
【新型コロナウイルス感染症対策】
2020年1月から全世界を恐怖に陥れた新型コロナウイルス感染症の蔓延により、われわれの日常は一変しました。外出する際は常にマスク着用。そのマスクや手指消毒、衛生消耗品などが市中からなくなり、手に入ったとしてもかなり高額なものになりました。当院ではマスク等不足することが予想されたため、早い段階で発注量を増やしたこともあり不足することはなく、職員個人にも定価販売をすることができました。これもリスクマネジメントやクライシスマネジメントの一つだと思います。
緊急事態宣言やまん延防止等重点措置などの発令が繰り返され、経済も大きな打撃を受けました。医療業界においては医療提供体制が逼迫し、必要な医療を受けられないような状況が長く続きました。院内感染が発生した医療機関では風評被害による患者離れが進み、危機的な経営状況に陥ったところもあります。当院は新型コロナウイルス感染症患者の受け入れ病院ではありませんが、整形外科病院ということもあり、受診の先延ばしによる受診控えが続き経営にも大きな影響が出ました。
そのようななか、患者さんが必要な医療を安心して安全に継続して受けられるよう、当院では2020年4月に体制を整えました。発熱患者等と動線を分けるために導入した「ドームハウス」(アイキャッチ画像)、当院院長と内科医が監修した「フェイスシールド」(説明写真)、入館時に行う体調確認とAI モニターによる検温、職員や業者・入院患者さんの感染予防のための行動基準を策定し、徹底した院内感染防止対策を行いました。引き続き、感染対策の継続・徹底と早期の収束を願います。
産労総合研究所発行 病院羅針盤 2022年3月15日号掲載分一部改編
