病医院経営の今をお伝えするコラム
事例と財務から読み解く「地域に根差した中小病院の経営」

『他院との情報共有で経営を管理し,評価とクレドで人財を成す』
医療法人社団誠療会が熊本市に開設する成尾整形外科病院(以下,同院)は,開院以来,脊椎外科を主体とした整形外科専門病院として,地域に根差した医療を提供してきた.同院のある熊本市中央区は,熊本市の中で最も面積が小さい行政区だが,人口密度が高く,整形外科を標榜する病院の約4割,診療所の約3割が集る競合エリアである.そのなかでも,同院は介護分野への参入,他の診療科へ手を広げることなく,専門病院としての歴史を重ねてきた.103床の規模ではあるものの,高い専門性と豊富な経験・技術により,2022(令和4)年度の年間手術件数は1,200件を超えるなど,その存在感を示す.
先代が築き上げてきた高い医療の質と技術,それらによって得てきた地域や患者からの信頼と評価を礎としつつ,昨今求められるチーム医療,地域連携などにも対応し,コロナ禍でも成長し続ける同院の取り組みを見ていく.
●沿革
同院は,1977(昭和52)年に理事長の成尾政一郎氏(以下,成尾理事長)の父である故・成尾政圀氏(以下,成尾会長)により,個人立の病院として開院された.
創設者の成尾会長は,国内留学により当時の最新治療法を習得し,県内の脊椎外科の基礎を築き上げ,熊本大学病院整形外科の医局長まで務めたが,脊椎外科に特化した病院がまだ少ない当時,より理想的な環境で,より多くの患者を治療することを求めて開院に至った.自著(1)のなかでも「もとより整形外科専門の病院を作ることは,自分の理想だった.(中略)地域のためにも脊椎外科臨床をバリバリやれるセンターを作りたいと思ったのだった.」と記されている.
開院時54床だった病床数も現在では103床まで拡大し,その間,手術機器の充実はもちろんのこと,日本医療機能評価機構による病院機能評価認定,電子カルテの導入,DPC対象病院の認定など,病院の機能を拡充してきた.
こうして,成尾会長のリーダーシップの下,進められていった同院の経営は,2015(平成27)年に就任した成尾理事長へ引き継がれた.2016(平成28)年には,事務局長の西村俊也氏(以下,西村事務局長)が入職し,新たな経営体制が敷かれていくなかで,後述するクレドの制定などボトムアップにつながる仕組みも強化されている.また,近年では,医師事務作業補助体制加算1,病棟薬剤業務実施加算1,入退院支援加算,認知症ケア加算の算定にも同院診療支援部経営企画室(以下,経営企画室)が関与して積極的である.
● 医師の人事評価制度の導入により組織目標を達成
2021年度の同院の手術件数は1,019件で,開院以来掲げていた目標の「年間1,000件」を達成した.手術室は3室で,稼働率は約70%であるが,経営企画室の見立てでは82.6%(注1)までの引き上げが可能であるとのことだ.見立てどおり,2022年度の着地は1,204件で,前年度を上回る実績であった.目標の達成までには,医師の入れ替わりや,コロナ禍の影響もあったため,一時的に件数が落ち込んだ時期もあった.しかし,医師の確保に関しては,成尾理事長を慕う熱心な医師がおのずと集まる恵まれた状況ではあることのほか,県内では実施可能な医療機関が少ない「椎間板内酵素注入療法」の開始や,診療評価だけではなく,委員会参加率や勤怠,現場による360°評価などを医師の人事評価制度として5年ほど前から導入したことにより,件数を着実に増加させてきた.
医師の人事評価はユニークで,医師別の手術の実績(執刀件数,助手についた件数),外来の実績(新規患者,初診患者,再診患者の各診療回数)などが,成尾理事長へタイムリーに報告される.医師ごとに把握された実績は,その結果次第で8月と12月の医師の面談時に各医師へ自身の実績が渡され,次期契約について説明がなされる.こうした医師の評価制度については,実績次第では契約内容の見直しが図られる旨も,当然ながら契約書において明記されている.一見厳しいようにも見えるが,「病院の中心である先生たちを公正に評価しないと,その先生たちが去ってしまう.実績での評価による医師の退職を恐れて,不公平・不公正な評価を続けた方が,病院経営の行く末としては恐ろしい」と西村事務局長は話す.
● 紹介元病院への定期的な訪問とフォローアップ
一定の手術件数を確保する上で,集患における取り組みも紹介したい.同院では,手術目的の紹介率を上げるために,地域の医療機関へ頻繁に挨拶に伺うことが重要であると考えている.患者を紹介してもらえるよう,特に急性期病院からの紹介を得るために,済生会や日本赤十字社などの大きな医療機関にも赴いている.同院の地域連携室には,専従の看護師,社会福祉士のほか,医師が兼任で在籍している.医師が同行して訪問することで,訪問先でも医師や時には院長に対応してもらえる場合もあり,その後,実際に紹介の調整をする際,顔が見えている関係性だと非常にスムーズである.定期的な訪問を地道に行うことは,先方に同院を紹介先として常に印象付けるためにも欠かせない.
コロナ禍では,以前のように頻回な訪問が難しいため,同院では新たな取り組みを開始した.紹介元に対し,お礼状も兼ねて,紹介患者数や初診時の診断,治療区分,退院後の状況をまとめた病院独自のものを郵送している.通常は紹介後の患者の状況までは分からないことが多いため,紹介元からの評判も上々である.
●他院とのつながりから得られるもの
紹介元の病院との関係性を大切にする同院だが,ここからは,県外の整形外科病院とのつながりと,県内の病院との連携について,2つの取り組みに着目してみていく.
【3病院研修会】
「3病院研修会」とは,富山県,大分県の整形外科病院に同院を加えた3病院が,毎年持ち回りで開催している研修会である.1985(昭和60)年に成尾会長と縁のある3病院で立ち上げ,その後参加病院数は増減しながら現在の3病院となった.コロナ禍は,オンラインでの開催も余儀なくされたが,2022(令和4)年には3年ぶりに参集開催している.同研修会には,経営陣だけでなく各部署の職員も参加し,会議ごとに設定された全体テーマを基に職種ごとの部門テーマを設定し,日常の課題・問題点について有意義な意見交換を行っている.
また,入院・外来の患者を対象にしたアンケート調査を病院間で同一の様式に統一し,その結果を3病院内で共有するといった取り組みも行っている.例えば,患者がどういう理由で受診したかという問に対しては,同院であれば,「家族や知人の紹介」が4割を超え,「病院の評判を聞いて」までを含めると5割を超える.こうした結果は,自院内での実施にとどまると比較のしようがない.しかし,同研修会のような場があれば,客観的に分析することが可能である.同じ専門分野であるからこそ抱える共通の課題について,他県という距離感だからこそ気兼ねなく情報交換ができるのかもしれない.
また,経営状況も共有しており,そうしたデータは同院の経営管理におけるベンチマークの一つになっている.
こうした研修会で築かれた人間関係は,日常的にも電話一本で気軽に相談できる貴重な関係性となる.昨今,水光熱費の上昇が経営を圧迫し始めていることをきっかけに,なんとか削減できる方法を模索していた.同院では,すでに空調の使用電力の最大値を自動制御できる機器の導入を将来的に考えており,これについても,導入している病院から,その使用感や患者からのクレームがないかなどを聞いた上で,検討を始めることができた.
【熊本県医療法人協会事務長会】
「熊本県医療法人協会事務長会」(以下,事務長会)は,熊本県医療法人協会会員病院の事務長相当職により組織され,医療機関経営に資する情報交換および会員の資質向上を目指すことを目的として,1980(昭和55)年に設立された.西村事務局長が2018(平成30)年から副会長を務める事務長会では,年に一回開催される「病院事務管理研究会」で,会員病院の事務職員が日頃の取り組み成果や事例を発表する.県内の他院の取り組みを聞ける貴重な機会の一つだ.
また,「病院経営調査」を毎年実施しており,各会員病院の施設概要,施設基準・加算,職種ごとの人件費・手当,維持管理費などを取りまとめ,事務長会で独自のベンチマークを作成している.初任給と翌年の給与のデータを取っていることから,昇給率のベンチマークを把握することもできる.こうしたデータの共有は,いわばライバルへ内情を提示するようなものだが,あくまで一人勝ちするのではなく,会員病院全体で盛り立てていくという思想に基づいている.他県の事務長会と比較しても,珍しい取り組みであると西村事務局長は話す.
ほかにも,各病院がどこの委託業者と契約しているかといった情報も含まれており,委託先を見直す際に,他院が契約する業者の評判や実情をその病院から聞くことができるなど,有効に活用されている.あるいは,同一の業者を利用しているのであれば,値上げの打診があった際に,100床当たりいくらで委託管理費などを契約しているかをその病院に照会し,価格交渉の参考にするなど横のつながりを最大限に活かしている.コピー用紙一つとっても,他院と比較すると価格が全く異なることも珍しくなく,こうしたコスト削減の取り組みは,経営面でも非常に重要であり,そのための情報を有しているかどうかは大きな違いとなるだろう.
● クレドの制定による具体的な行動指針の明確化
医師の確保や他院とのつながりが盤石であっても,院内の連携が取れなくては,質の高い医療は提供できない.かつての同院には,職人気質のスタッフが多く,個人や部署単位での仕事の完成度は高い一方で,他部署との連携に課題があり,「チーム」というよりも個人の集まりである「集団」という雰囲気だった.他院から転職してきた西村事務局長はこの雰囲気に違和感を抱き,成尾理事長もなんとか改善したいと考えるなか,組織としての成熟度をさらに向上させるための想いが一致した.
「クレド委員会の発足からクレド制定まで」
そこで,同院では,どんな病院にもある理念や基本方針とは別に「クレド」(注2)をつくることにした(表1).一般的に,理念は「思い」,基本方針は「方向づけ」といった位置付けであるが,同院の「クレド」は,「職員」「患者」「地域社会」「取引業者」に対して誓うかたちで,理念などをかみくだき,明記された従事者の具体的な行動指針となっている.
クレドは,2017(平成29)年に発足した「クレド委員会」で作成された.委員会は各部署の代表で構成され,月1~2回の頻度で会議を開いて議論を重ね,職員アンケートを実施してクレド(案)を募った.三歩進んで二歩下がるような議論が続くうちに,各部署の職員の中には,なかなか結論が出ないことに反発の意を示す者も現れた.たとえ反発であれ,それは関心があることの証左である.無関心にも見えていた職人の「集団」から「チーム」に変わる兆しも見え始めた.
「人事評価への活用,変化の実感」
こうして職員全員で作成に取り組んだクレドは,2018(平成30)年に制定された.職員ハンドブックに掲載され,毎月の全体朝礼で唱和し,ホームページや広報誌でも発信するなど院内外へ浸透を図っている.
同院では人事評価に,理念やクレドの内容を盛り込んでいる.そうすることで,病院が求める人財に近づいているかを測ることができる.入職時の新人研修では,理念などについて一時間以上の説明を行っている.あえて人事評価に加えて意識させることで,人事評価をツールとした人財の育成にもつながる.クレドが具体的な行動指針であるからこそ,評価のツールにも落とし込みやすいのかもしれない.
クレドの制定は,職員間の連携・結束を強め,自ら考え行動できる人財の育成に着実に寄与している.同院でCOVID-19のクラスターが発生した際,指示が出ずとも自ら考え協力しながら率先して対応する職員を目にした西村事務局長は,かつての同院を知るがゆえに変化を深く実感したと話す.
●この事例から学べること
特定の診療科に特化し,専門性を高めていくことは,中小病院の経営戦略の一つである.しかし,高い技術をもつ医師や医療スタッフだけでは成り立たない.医師に対する実績の公平な評価,地域の医療機関との顔が見える関係性の構築,複数の客観的なベンチマークによる経営管理,チームとして同じ方向を見据えるスタッフの結束があってこそ達成できる.
自院の専門性を高い水準で維持しつつ,患者にも職員にも選ばれる病院であり続けるための取り組みとして参考となる事例である.
注1:年1,200件を年1,452件(※)で除した割合(※1日6件×242日)
注2:クレドはラテン語で「約束」などを表し,理念に基づき,従業員の具体的な行動指針を示すもの.ジョンソン・エンド・ジョンソンの「我が信条」や,ザ・リッツ・カールトンの「ゴールドスタンダード」などがよく知られる
●文献
1) 成尾政圀:為せば成る─地域医療にかけた人生.現代書林,2018
髙橋 佑輔(独立行政法人福祉医療機構 経営サポートセンターリサーチグループ):「病院」82巻5号. 株式会社医学書院,2023年5月 より抜粋,一部改編
