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管理者としての傾聴と共感のスキル ~アドラー個人心理学の視点~

「聴く」ということ
コミュニケーションのメカニズムは、情報を送る行為とそれを受け取る行為の交互作用です。
送り手と受け手の相互作用による両者のコミュニケーションにいる人はみな、それぞれ両方の役割を果たしています。しかし、現実の場面では情報の送り手は送ることのみに徹し、受け手は受け取ることのみの場合が多いものです。その結果、情報の共有や理解ができないばかりか、人間関係にまで影響を及ぼすことにもなりかねません。
上司、同僚、部下、家族や友達などに対する「傾聴」や「共感」は、自己一致、無条件の肯定的配慮、共感的理解を高めて信頼関係を深め、個々のモチベーションややる気を強化してくれるものだと考えます。
そのためには、「傾聴」や「共感」は、自分事として考える必要があります。
アドラー個人心理学をベースに健康的なコミュニケーションの一つとして「傾聴」と「共感」のスキルをテーマに解説していきたいと思います。
1on1ミーティングや人事評価などで行われる面談時などで効果的かつ協力的なコミュニケーションが行えるよう管理職の方々のスキル向上に向けての一助になれば幸いです。
【アドラー個人心理学について】
アドラー心理学は、主に健康な人の心理学ともいえます。
「五つの基本前提」、「思想的な特徴(共同体感覚)」、「治療技法」を持った個人心理学です。
悩んでいる相談者の方、悩んでいる自分自身を健康な状態に戻してあげる事ができる心理学の一つであると考えて良いと思います。また、日常的な用語を使用しているため、一般の人に受け入れやすくシンプルな特徴を持っています。
アドラー心理学については、多くの書籍で語られていますので、ご存じの方も多いのではないでしょうか。ここでは、アドラー心理学の理論について解説することは別の機会に譲り、どのような傾聴スキルを持ってコミュニケーションを深めていけば良いか、という視点で解説したいと思います。
【聞く態度と能力】
最近、管理職や指導者向けのための研修プログラムの中には、「傾聴の訓練」とか「良いリスナーになるための講座」などが多く設けられているように感じます。役割上自分から話すことが多い管理職や指導者が、「部下の話に耳を傾ける」ことを体験的に学ぶ研修会です。
研修会では、「傾聴」を身をもって経験することで、今まで気づかなかった有効さに気づき、部下や同僚との関係がスムーズに進み、人間関係が良くなったという方々もいらっしゃいます。しかし、傾聴してばかりいても管理職としての責務も果たせず、部下の信用も失うことを経験している方もいらっしゃいます。
なぜこの様なことが生じてしまうのでしょうか?
「傾聴」や「共感」は、自分事として考える必要があるにも関わらず、それが出来ないところに原因があるように感じます。そのため、「話し方」だけではなく「聴き方」にも注意を払う必要があると考えます。
【受け手の聴く力とは、相手の言わんとすることの意味を理解する力】
人々が、言葉を通して伝えようとする意味は、国語辞典で解説されている内容と決して同じではありません。
話し手の個人的背景やその言葉について持っている先行的経験や先入観、受け手とのコミュニケーションの全体的文脈、言語的非言語的文脈、両者の心理的関係、外的状況によって、言葉の意味は規定され、内容などが異なる可能性を秘めているからでしょう。
人間は、それぞれ現実について異なった解釈をします。人は出来事に対して、客観的に、ありのままに受け取るのではなく、自分特有のものの見方、認知の仕方で主観的、個人的な現実として印象づけてしまい、決して同じ解釈をしないため、人間関係のコミュニケーションを困難にしている一因となっているのかも知れません。
言葉を通して伝えられる意味は、非常に個人的であり状況的であるため捉えにくいものであると思います。だからこそ、コミュニケーションを正確かつ効果的に行うためには、「聴く力」も必要になってくると考えます。
【人の話を傾聴し勇気づけることの難しい理由】
私達は本能的に不快な負の感情を回避しようとする傾向があるためだと考えられています。そのために、例えば上司が部下の負の感情を受け止め、共感することが難しくなります。
「負の感情の目的」
人は、負の感情を使って自分を守ります。
負の感情は痛みとよく似た働きをしていますので、負の感情がないと自分が危険な状態にあることを知らせることができず、生存が脅かされてしまいます。不快な感覚ですが、自分の身を守るために必要な警報器のような働きをします。負の感情はトラブルの原因にも成りますが、大事な利点があるので、なくすことはできません。
「負の感情の回避」
人は、負の感情は脅威を感じている不快な感覚なので、痛みと同様、負の感情を避けたいと思っています。負の感情を避けていると大事な気持ちの伝達ができなくなります。
例えば、上司が負の感情を受け止めると、部下の負の感情は減少し落ち着いて話せる状態になります。多くの上司は、そのことを知らないので、本能的に負の感情を回避してしまい、部下の負の感情は存続してしまうことになります。
私たちは、負の感情を上手に受け止め、相手を落ち着かせ、心の扉を開かせなければなりません。
「負の感情を回避する4種類の否定的発言」
1)負の感情を抑制して欲しい 感情の抑制
2)負の感情を持つべきでない 行為の批判
3)負の感情を直ぐになくして欲しい 解決の助言
4)負の感情を伝えないで欲しい 感情の否定
このような否定的な発言は、人の心を閉ざしてしまうようです。
上司が部下に対して負の感情を持っている場合、双方が冷静に話し合えるヨコの関係は成り立ちません。上司が予め部下に対して負の感情を持っていなくても、上司が咄嗟に部下の負の感情を回避してしまうと冷静な会話ができずらくなってしまいます。そのため、ヨコの関係を築くには、上司が部下の感情を受け止めることが必要になってきます。
【アドラー心理学的「勇気づけ」の4つのステップ】
1)事実や状況を確認する
事実や状況を確認し、エピソードを聴き取ることで相手を深く理解することができます。
2)負の感情を受けとめる
例えば、上司は部下の感情を推測して、その感情を言葉で表現します。部下を冷静にさせるために過去形で表現すると良いと思います。負の感情が生じる前には、必ずそれに関連する過去の適切な行動があります。
3)関連する適切な行動に共感する
上司は部下の関連する不適切な行動に注目し共感を示します。
部下の適切な行動に共感を示すと、負の感情が無視されて、部下は落ち着きを取り戻します。
4)解決行動を提案する
部下が落ち着きを取り戻したら、適切な行動を提案します。部下に解決を考えさせることも可能です。
アドラー心理学の特徴は、相手の負の感情を受け止めた後に、適切な行動に共感を示すことが必要です。これら四つの否定的な発言が生じると日常の問題解決に挑戦する勇気を挫かれてしまいます。
【傾聴と共感の対応と心構え】
負の感情を受け止め、それに関連した適切な行動への共感を示すことが必要ではないでしょうか。(勇気づけ)
アドラー個人心理学の「勇気づけ」の四つのステップ(まとめ)
① 状況の確認
② 負の感情の受け止め
③ 関連する適切な行動への共感
④ 解決行動の提案
【具体的に聴くポイント】
1. 受け手(聴き手)は、相手の言おうとすること全体を、できるだけありのままに知ろうとする姿勢が求められます。
2. 受け手(聴き手)は、自分が理解したと思う内容を要約して、送り手(話し手)に確認することが求められます。
3.受け手(聴き手)は、理解を促進するために質問することが求められます。
ポイントとしては、
・人(上司、部下、同僚や親子関係など)の話をよく「聴く」
・「共感」する
・「協力」する(勇気づけ)
… ということだと考えます。
【参考会話事例】
総務と受付 ~上司と部下の会話~
上司が部下の負の感情を受け止め共感を言葉にして示すことは、とても難しいことです。
部下が「上司は自分の気持ちを分かってくれない」と感じるので、部下の心を開くことはできません。心が開かれないと協力して問題解決ができなくなります。
成功の秘訣は、聞き上手になって部下の気持ちを上手に受け止めることにかかっていると思います。(親子関係も同様です)
ある公的機関のF課長とその部下G係長の会話の例です。
G係長の言い分に対して、F課長にはa、b、c、dの四通りの応じ方をしてもらいました。さて、あなたがF課長だったら、このうちどの応じ方をしますか?
日頃の対応にいちばん近いものを選んでみてください。
場面1
F課長 おい、どうしたんだ。 何か機嫌が良くなさそうだね。何かあったのか?
G係長 全く、総務はなんで、今頃こんな文書を回して来るんですかね。
a そんな他の課のことをとやかく言うんじゃないよ。君は君に与えられた仕事を着実にやっていればいいんじゃないか。
b 何だか知らんが、不満があるんなら総務へ直接掛け合ってみるか? 駄目だと思うんだがな。
c ずいぶん頭にきているようだね。いったい総務がどうしたというんだ。
d なに、また総務が無理難題ふっかけてきたのか。
場面2
G係長 総務の連中は、我々現場のことを何だと思っているんでしょうね。無視するのもいい加減にしてほしいですよ。
a いや、決して無視しているわけじゃないと思うよ。そんなにムキになるなよ。
b おいおい、こっちも忙しいんだ。そんなことで感情的になっているヒマはないぞ。
c ああそうか。総務が我々を無視しているっていうんで、それで頭にきているのか。なるほど・・・
d けしからんな、この間もこっちが泣かされたんだからなあ・・・
場面3
G係長 総務は、通達を出せばそれですむかもしれないけど、こっちはおかげで窓口業務の割り振りを、また練り直さなくてはならないんですよ。
a そりゃあ、ある程度しょうがないだろう。何とかしてやれよ。忙しいときはお互い様じゃないか。
b 人のせいにするもんじゃないよ。向こうには向こうなりの事情があるんだろう。
c なるほど。計画の全体枠が変わってしまったら、君たちの配分を初めからやり直さなければならないわけだ。
d そりゃあ、総務に文句を言って、撤回させるべきだね。
場面4
G係長 それに、連中のいかにも偉ぶった態度も気に入らないんです。この役所を支えているのは、我々現場の人間じゃないですか。
a しかし君、それは口に出しちゃ行かんことだよ。今度は総務の連中がへそを曲げるぞ。勘弁してやれよ。
b そうカッカするなよ。仕事に感情を持ち込んだら面倒なことになるぞ。
c そうか、現場あっての役所だということを総務や上の連中に分かってもらいたいということかな。
d 全くなあ。連中、そこんところが全然分かってないものな。
場面5
G係長 もちろん、総務全体をみて調整してもらわなければ、いろいろ齟齬がでるし、そういう意味では、総務も大事なんでしょうけれども。
a そうだよ。分かってるんじゃないか。上手くやってくれよ。
b まあ、今さら文句を言っても始まらんし、これからどうするつもりだ。
c 総務も窓口もそれぞれ大事だということかな。ふむ、その問題については、君はどうしたいのかね。私に何かできることがあったら言ってくれたまえ。
d 今後のこともあるんだから、この際もう一度総務に掛け合ってきたらどうかね。
場面6
G係長 総務だけ責めても無理があるのは分かっています。
もう一度うちの係で、どうしたらよいか話し合ってみまて、言い案を考えてみますよ。
その上で課長に動いてもらうなら、またお願いに来ますよ。
F課長 そうしてくれるとありがたいね。
私も考えてみるよ。ただ総務の担当者にも、その辺の事情をひとこと言っといてくれよ。
向こうにも考えがあるだろうから。
G係長 そうですね。じゃそうします。
以上
上司と部下の会話においても、感情の抑制、行為の批判、解決の助言、感情の否定など、四つの否定的な発言が生じ、日常の問題解決に挑む勇気を挫かれてしまいます。
対応(心構え)としては、負の感情を受け止め、それに関連した適切な行動への共感を示すことが必要ではないでしょうか。(勇気づけ)
以上、「傾聴」と「共感(勇気づけ)」について解説してみました。
コミュニケーションは、社会生活の潤滑油として欠かすことのできない行為です。
決してやさしいことではありません。現実に起こる様々な障害を乗り越える中で、自分なりのコミュニケーションの仕方を身につけて行かなくてはなりません。まさにコミュニケーションと人間関係は、切っても切れない関係にあります。
コミュニケーションにおける「傾聴」と「共感(勇気づけ)」は、「努力して身につけるものである」といっても過言ではないでしょう。
認定登録 医業経営コンサルタント
国家資格 キャリアコンサルタント
藤村徳一
参考出典;
アドレリアン 第36巻第1号(通巻第99号)「勇気づけ4つのステップ」 ;日本アドラー心理学会
Alfred Adler ;「生きる勇気 なにが人生を決めるか (坂東智子訳)」
Alfred Adler ;「生きる意味 人生にとっていちばん大切なこと (坂東智子訳)」
Alfred Adler ;「人間の意味 なにが、あなたの「現実」をつくるのか (坂東智子訳)」
Alfred Adler ;「性格の法則 あのひとの心に隠された秘密 (長谷川早苗訳)」
アドラー 人生の意味の心理学 変われない?変わりたくない? (岸見一郎)NHK出版
ジヴィット・アブラムソン ;「アルフレッド・アドラーの理論 10の原理」(横山寛名・井原文子訳)日本アドラー心理学会
東山紘久 ;「プロカウンセラーの聞く技術」
渡邊忠、渡辺三枝子 ;コミュニケーション力 人間関係づくりに不可欠な能力
田中禎 ;精神科医・開業医 日本アドラー心理学会(解説者改変)